大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11342号 判決

原告

岩波幸雄

外一二八名

右代理人

内藤功

外三名

被告

社団法人日本検数協会

右代表者

番場光蔵

右代理人

伊能幹一

外二名

主文

一  被告は、別紙当事者目録の原告番号1ないし69、71、72、74、75、79、82、83、86、87、89、93ないし96、101、102、104ないし107、110ないし115、117、118、121ないし124、128、129に記載の原告らに対し、別紙請求金額合計一覧表中右各原告の請求金額欄にそれぞれ記載してある金員を支払え。

二  その余の原告ら(別紙当事者目録の原告番号70、73、76ないし78、80、81、84、85、88ないし100、108、109、116、119、120、125ないし127に記載の原告ら)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第二項に記載の原告らと被告との間においては、被告に生じた費用を七分し、その一を同原告らの負担とし、その余を各自の負担とし、第一項に記載の原告らと被告との間においては被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

「1 被告は、原告らに対し、それぞれ別紙請求金額合計一覧表記載の金員を支払え。2訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言。

二  被告

「1 原告らの請求をいずれも棄却する。2訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

(一)  被告は、船積貨物の積込みまたは陸揚げを行なうに際してする貨物の個数の計算または受渡しの証明(検数業務)および輸入穀物等の重量検査、輸入木材の材積算出(検量業務)を業とする社団法人である。

(二)  原告らのうち、原告番号70、7376ないし78、80、81、84、85、88、97、ないし100、108、109、116、119、120、125ないし127に記載の原告らを除くその余の原告ら(以下第一群の原告らという。)は、もと訴外協和検数株式会社(旧商号東都検数株式会社。以下単に協和検数という。)の従業員であつたが、昭和四一年三月三一日協和検数が解散したので、同年四月一日被告の従業員として採用された者であり、第一群の原告らを除くその余の原告ら(原告番号70、73、76ないし78、80、81、84、85、88、97ないし100、108、109、116、119、120、125ないし127に記載の原告ら二二名。以下第二群の原告らという。)は、すべて昭和四二年六月一日以降被告の従業員として雇用された者である。原告番号61の松下桂子が事務員であり、その他の原告らはすべて検数員である。

理由

一、原告らと被告との雇用関係の成立等

請求の原因(一)、(二)は当事者間に争いがない。

二、雇用契約の内容

A  第一群の原告らと被告との雇用契約の内容

(一)  昭和四二年六月一日前に成立した雇用契約の内容

1第一群の原告らと被告との雇用関係成立の経緯

被告と協和検数とは、昭和四一年二月ころ、両者の企業合同について、「運輸省の行政指導による企業合同に関する覚書」と題する書面を作成し、その中で、合同に関する基本条件の一つとして、「甲(被告)は乙(協和検数)の全従業員を継承し、その身分については乙に於ける地位を下らぬ処遇をする。」、「乙の役職員その他の従業員の諸給与については現給与額を下らぬものとする。」ことを約束し、その基本条件の上に企業合同が進められ、同年三月三一日協和検数が解散し、その従業員であつた第一群の原告らは同年四月一日被告に従業員として採用されたこと、その後、右原告らが所属していた全港湾東京支部と被告とは、右原告らの給与組替えについて前記企業合同に関する基本条件の趣旨にそつて協議を重ね、同年六月七日付「給与組替えに関する協定書」をもつて合意に達し、その中で、右原告らに対しても当時被告協会で施行されていた旧就業規則・給与規定を含む諸規定および給与制度を適用する旨約したことは、当事者間に争いない。

2遅刻・早退・欠勤(組合休を含む。)につき賃金控除する旨定めた規定の有無

(1) 被告

被告においては、昭和四二年六月一日前は昭和三七年六月一日改正の旧就業規則およびそれと一体をなす給与規定が施行されていたこと、これによれば給与は月ぎめで給与の支給原則は月給制であること、右給与規定中には遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)を理由に賃金を差引く旨を定めた規定がないことは当事者間に争いがない。

(2) 協和検数

〈証拠〉をあわせると、協和検数でも従業員の給与は月ぎめでいわゆる月給制がとられていたが、従業員の遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について賃金を控除する旨を定めた就業規則、給与規定ないし労働協約等はなかつたことが認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

3遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合の従来の給与支給取扱い

(1) 被告

被告が設立された昭和一七年以来昭和四二年五月末日まで従業員の遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について賃金控除を行なつた実例がないこと、および、第一群の原告らが被告の従業員となつた昭和四一年四月一日から昭和四二年六月一日に改訂就業規則ならびに給与規定が施行されるまでは、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について右の原告らに対し賃金控除が行なわれたかつたことは、当事者間に争いがない。

(2) 協和検数

〈証拠によれば、協和検数においても、第一群の原告らを含む従業員の遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について賃金控除が行なわれた事実のないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4右1ないし3の記載事実関係からの推論

反覆される社会的事実は、事実たる慣習である。法律行為の当事者がある期間事実たる慣習に依つて行為を繰り返している場合は、事実たる慣習は、その当事者間の契約内容に転化する。右の事実によれば、協和検数には、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金を控除する旨の就業規則等の定めがなく、現に第一群の原告らは、その場合に賃金を控除されなかつたのであるから、協和検数には、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金控除を行なわないという事実たる慣習があり、協和検数と第一群の原告らは、これに依る意思を有していたものと認められる。そうするとその継続した行為の結果、右原告らに遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)があつた場合も、協和検数は賃金控除を行なわないということが両当事者間の雇用契約の内容となつたものとみられるのである。また被告が企業合同に関する覚書で協和検数に対して約した「甲(被告)は乙(協和検数)の全従業員を継承し、その身分については乙における地位を下らぬ処遇をする。」「乙の役職員その他の従業員の諸給与については現給与額を下らぬものとする。」という条項の趣旨は、実質的な給与の現状維持を目的としたものと解するのが合理的であるから、単に名目上の給与額をそのまま承継することを約したものでなく、第一群の原告らが有していた前記欠勤等の場合の賃金不控除の契約内容を被告がそのまま承継することを約したものと解される。しかも、被告協会にも遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金を控除する旨の就業規則等の定めがなく、第一群の原告らは、昭和四一年四月一日に雇用されてから昭和四二年五月末日まで、右遅刻等の場合に賃金を控除されず、特別の留保をつけずに賃金全額の支払いを受けていたのである。そうすると、被告協会にも協和検数と同様に遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金を控除しないという事実たる慣習があり、被告協会も第一群の原告らも、これに依る意思を有していたものと認められる。これらの事情を総合して考えると、被告協会と第一群の原告らの間には、遅くとも昭和四二年五月末日までには、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金を控除しないという合意が成立し、これが両者の雇用契約の内容となつたものと認めるのが相当である。

5右4の推論を覆す事情があるか。

(1) 被告は、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)につき賃金控除を行なわなかつた理由として、被告の経営事情から労働基準法所定の計算方法によつた場合より額が下回わる時間外賃金を支払う反面として従業員に右遅刻等があつても賃金控除をしない旨の了解が労使間に成立していたのであつて、この取扱いを労使慣行とか既得の労働条件とかいえない旨主張する。

〈証拠〉をあわせると、昭和二六年五月被告は当時の従業員の代表組織である全日本港湾労働組合日検東京支部との間に従業員の給与ベースを一四、四二〇円と協定したが、その際時間外賃金の計算基準、について労働基準法の定めるところ(同法三七条)によることなく、本人給と技能給を合計した額の五割を基準額とすることにしたこと、その趣旨は、検数業のように夜間作業が重要な部分を占める業務では時間外賃金が賃金の主要な部分を占めるから、固定賃金を引上げる大幅な時間外賃金の増加をきたすので、同法所定の計算方法により算出した額を下回わる時間外賃金を支払うこととすることにより被告の経営が危殆に陥ることを避けることにあつたこと、そして、このような取扱いをすることとした反面、従業員の遅刻、早退欠勤(組合休を含む。)については賃金を控除しない、なわち、厳密にいえばその分についても勤務したものとして賃金を支払うという了解が労使双方に成立したこと、しかし、時間外賃金の支払いについては労働基準監督署の是正勧告をうけたこともあつて昭和四〇年五月上旬同法所定の計算方法により算出した時間外賃金を支払う取扱いに改められたことが認められる。しかしながら、労働基準法所定の額を下回る時間外賃金の支給はそれ自体違法であり、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金控除を行なわないことによつて、その適法性が阻却されるわけではなく、したがつて、同法所定の時間外賃金が支払われることになつたことにより、論理必然的に右遅刻等の場合の賃金不控除の取扱いが廃止さるべきものではない。のみならず、前記労使間に了解が成立した昭和二六年よりはるか前である昭和一七年の被告設立当初から遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について賃金を控除した実例がないことは前記のとおりである。また昭和四〇年五月下旬同法所定の時間外賃金を支払う取扱いに改められた後も、昭和四二年五月末日まで右遅刻等の場合に賃金控除が行われなかつたのである。してみれば、時間外賃金の計算方法が労働基準法所定のとおりに改められれば、賃金控除をしないという取扱いも当然これとともに廃止されることが予定されていたとみることは困難である。かえつて、〈証拠〉をあわせると、被告における月給制は被告の従業員の社会的地位の向上をはかる政策の一環として被告の設立とともに採用された制度であり、一カ月を超える欠勤がない限り賃金の控除をしないのがこの制度が採用された趣旨、目的に沿うものと関係者に理解され、このような理解のもとに運用されてきたこと、第一群の原告らが被告に雇用された当時もその月給制の内容はそのようなものであると当事者間に理解されていたことが認められるのであるから、被告の右主張は採用しない、

(2) 被告は、前記原告らの所属組合である全港湾東京支部との給与組替えに関する協議の過程において、将来就業規則を改正して賃金控除をする旨日検労との間に諒解が成立していると述べたと主張する。たしかに、〈証拠〉によれば、当時前記原告らと給与組替えの交渉にあたつた被告の労務部次長山本正広は、原告らを代表する岩波幸雄に対し「今のところは遅刻、早退、欠勤等につき賃金カットをしないけれども就業規則を改訂して遅刻、早退、欠勤等について賃金を控除するようにする準備中である」旨告げたことが認められる。〈証拠判断省略〉

しかし、賃金控除を前提とした給与組替えの合意が成立したと認めるに足りる証拠はなく、被告の旧就業規則および給与規定(賃金控除規定がないもの)が昭和四一年四月一日に遡つて適用されることになつたことは前は述べたとおりであるから、賃金制度準備中という発言だけでは、前認定を覆すことはできない。

6結論

以上のとおり、昭和四二年六月一日前に被告に雇用された第一群の原告らと被告との間に成立した雇用契約は、右原告らに遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)があつても、賃金控除をしない、換言すれば、その分についても勤務したものとして賃金を支払うことを内容としていたのである。

(二)  右雇用契約の内容はその後変更されたか。

1就業規則および給与規定の改訂

(1) 被告が、旧就業規則改訂案とこれと一体をなす給与規定改訂案を作成し、これについて被告従業員所属の組合、すなわち、日検労と全港湾東京支部との意見を徴し(日検労からは昭和四二年四月五日付で、また、原告らの所属する全港湾東京支部からは同月二〇日付でそれぞれ意見書の送付をうけた。)、さらに、それぞれ経営協議会での協議を経たうえ、昭和四二年六月一日より就業規則を改訂施行すると同時に給与規定をも改訂施行したことは、当事者間に争いがない。

(2) また、欠勤の場合の減額方法についての被告主張の規定が改訂就業規則付属の給与規定中に記載されていること、遅刻、早退についての被告主張の規定が改訂就業規則ならびに給与規定中にあることは当事者間に争いがない。

2就業規則と給与規定の改訂につき第一群の原告らの同意はない。

右就業規則と給与規定の改訂につき前記原告ら個々の従業員ないし所属組合の同意を得ていないことは、当事者間に争いがない。なお、〈証拠〉をあわせると、被告の従業員が所属している労働組合としては日検労、全港湾東京支部検数分会、全日本港湾労働組合東海地方名古屋支部日検分会(以下全港湾名古屋支部日検分会という。)、京浜港検数員労働組合日検分会(以下浜検労日検分会という。)の四組合があり、昭和四二年九月一日現在の組合員数は、日検労が二、三九四名、全港湾東京支部検数分会が一四八名、全港湾名古屋支部日検分会が一四九名、浜検労日検分会が一四三名で、従業員の過半数をはるかに上回わる圧倒的多数の従業員が日検労に属し、昭和四二年六月一日当時もほとんど変りなかつたと認められるけれども、原告らの所属する全港湾東京支部検数分会のみならず、日検労等いずれの組合も右就業規則ならびに給与規定の改訂施行について同意したことを認めるに足りる証拠はない。

3改訂就業規則の施行は、第一群の原告ら(昭和四二年六月一日前に雇用された者)の雇用契約の内容に影響を及ぼすか。

(1) 一方的な就業規則の変更によつて既存の雇用契約の内容を変更できるか。就業規則の作成者は、経営者としての使用者であるから、使用者が法定の手続を経て作成した就業規則は、作成の時に当該事業場に使用される全労働者に雇用されるという形式的効力を有する。その実質的効力に関しては、労働基準法九三条は、就業規則に法規範的効力を認め、就業規則の変更が従来の労働条件の基準を引き上げるものであれば、労働者の同意なしに労働契約の内容を変更する効力を認めているのである。

問題は、使用者が一方的に作成する就業規則によつて既存の労働条件を一方的に引き下げる実質的効力を認められるかである。雇用契約は、労働者が使用者に対し労務に服することを約し、使用者がこれに対し報酬を支給することを約することによつて成立する諾成双務契約である。賃金支払いの合意と労務提供の合意は、雇用契約成立の要件であり、これがなければ雇用契約は成立しない。労働契約の成立においても、この理は異ならない。右労働契約は、使用者に労務の自由な使用を委ねるものであるから、必然的に使用者の労働者に対する指揮命令の機能を伴う。近代企業においては、使用者は、多数の労働者を雇用して整然と事業を経営しなければならないから、その指揮命令権は画一的、定型的なものとならざるを得ない。それは、多く就業規則に労働者の就業に当たつての行為準則として規定される。これらの事項は、使用者が右指揮命令権に基づき就業規則を作成して、労働者に周知させたがために拘束力を有するのである。このような労働条件に関する事項は、本来使用者の指揮命令権の範囲内のものであるから、その変更が合理的なものである限り、使用者は、一方的に就業規則を変更して、その内容を改廃することができ、その実質的効力は全労働者に及ぶ。これに反して、賃金支払いに関する事項が当事者を拘束するのは、それが就業規則に規定され、労働者に周知させられたからではなく、使用者と労働者が個別的労働契約の成立要件として合意したからである。使用者の労働者に対する賃金支払義務の発生およびその内容は、当事者の合意を直接の根拠とするものであつて、就業規則作成以前の問題である。本件のように遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合に賃金を控除せずに全額を支払つて来たということも、第一群の原告らと被告の合意を根拠とすることは、先にみたとおりである。したがつて、賃金に関する事項のように労働契約の要素をなす基本的労働条件については、それが一たん合意されて労働契約の内容となつた以上、使用者が一方的に作成した就業規則によつて、その内容を労働者の不利益に変更することはできないものと解すべきである。その変更には、就業規則とは別個に、個々の労働者の同意を得なければならないのである。このことは、改訂就業規則の内容および改訂の経緯が合理的であるかどうかにかかわらないことである。

けだし、契約当事者の一方が、相手方の同意を要せず契約内容を変更できることは、一般法理の認めないところである。また使用者のする就業規則の変更に個別的労働契約の一方的不利益変更の効力を是認するとすれば、労働条件は労使対等の立場で決すべきものとする法律(労働基準法二条二項)の精神に反し、かつ使用者は就業規則の変更によつて労働条件を改悪し、間接的にその意に添わない労働者に退職を余儀なくさせることによつて、解雇規制の諸規定を空文化させる結果をも招来するからである。いわゆる秋北バス事件についての昭和四三年一二月二五日最高裁判決は、定年制に関するものである。定年の定めは、本来当事者の合意を成立要件とする労働契約の要素をなすものではないから(就業規則等に定年の定めがあつても、雇用契約は、定年までの期間の定めのあるものではなく、定年制とはかかわりなく、期間の定めのないものとして成立するのが通例である。)、合意を根拠として雇用契約の内容となる基本的労働条件には属さない。したがつて、本件のような事案に適切な判例ではない。

(2) 本件就業規則および給与規定の改訂は労働者に不利益である。遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)があつても賃金控除をしないという雇用契約の内容を賃金控除を行なう旨改めることが労働者にとつて不利益であることは多言を要しない。

4結論

そうであるとすれば、改訂就業規則および給与規定は第一群の原告らに実質的効力を及ぼさず、したがつて遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)があつても賃金控除をしないという第一群の原告らと被告との雇用契約の内容は依然として変更されていないわけである。

B  第二群の原告らと被告との雇用契約の内容

わが国の実定法は、特別な合意のない限り、賃金についていわゆるノーワーク・ノーペイを原則としている(例外民法五三六条参照)ところ、前記原告らと被告との雇用契約が、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について賃金控除をしないことを契約内容としていたと認めるに足りる証拠はない。かえつて、改訂就業規則および給与規定が昭和四二年六月一日より施行され、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)の場合には、賃金を控除するように改められたことは前記のとおりであり、右原告らが同日より後に被告に雇用され、かつ被告が賃金控除の方法を定めた被告主張の所定の方法を事業場に掲示し周知の方法を講じたことは当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉をあわせると、被告は、第二群の原告らを雇用する際、改訂就業規則ならびにこれと一体をなす給与規定等を示してこれに従うことの誓約書をとつていたことが認められ、〈証拠判断省略〉。

原告らは、旧就業規則を労働者側の同意なしに変更してもその効力を生じないと主張するが、就業規則の改訂後に雇用された従業員には改訂された就業規則が適用されることは当然であるから、原告らの右主張は採用できない。その他、改訂就業規則および給与規定を無効であるとみる根拠はない。また、不就労時間に相当する賃金額の算出方法についての被告の主張は合理的なものとして是認できる。

そうであるとすれば、前記原告らと被告との雇用契約の内容には、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)があつた場合は、改訂就業規則およびこれと一体をなす給与規定ならびに被告主張の「所定の方法」に従いいわゆる賃金控除が行なわれる旨の約束が含まれていたとみるのが相当である。

三本訴において原告らが請求している金額と賃金控除との関係

原告らが、昭和四二年六月から昭和四四年九月までの間、別紙請求金額内訳一覧表記載のとおり遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)をしたほかは所定の勤務をしたこと、被告が別紙請求金額内訳一覧表記載のとおり、原告らが右遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)をしたことを理由に、改訂就業規則およびこれと一体をなす給与規定を適用して、賃金控除をしたこと、その計算関係が原告ら主張のとおりであること、原告らに右遅刻早退、欠勤(組合休を含む。)がなかつたならば、別紙請求金額合計一覧表記載の金額が原告らに支払わるべき金額であることは当事者間に争いがない。

したがつて、原告らが、本訴において、請求している金額が賃金控除分と対応していることも当事者間に争いがないわけである。

四結論

昭和四二年六月一日前に被告の従業員となつた第一群の原告らには、改訂就業規則および給与規定の効力は及ばないのであるから、遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)を理由に賃金控除をされるいわれなく、したがつて、右控除分相当額の未払賃金の支払いを求める本訴請求はいずれも理由がある。しかし、昭和四二年六月一日以後に被告の従業員となつた第二群の原告らは、右改訂就業規則および給与規定等の適用を受け、その遅刻、早退、欠勤(組合休を含む。)について相当額を未払賃金であるとしてその支払いを求める本訴請求はいずれも理由がないことになる。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言について同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(岩村弘雄 小笠原昭夫 石井健吾)

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